2年に1度の「遡及の恐怖」から現場を解放するために
食品製造、とりわけ水産加工の現場において、HACCPやISOの更新審査はまさに「年に数回の試練」です。審査官から「この製品の原材料、いつベトナムの工場に届いたものか即答してください」と問われた際、事務所に駆け込み、山積みの紙の帳票をひっくり返し、数時間かけてようやく辿り着く……。そんな光景は、もう終わりにしなければなりません。
先日行われたI商店様との打ち合わせでは、まさにこの「情報の断絶」をどう埋めるかという、非常に具体的かつ挑戦的な議論が交わされました。私たちが目指しているのは、単なる「紙のデジタル化」ではありません。ベトナムの工場で原料にQRコードが貼られた瞬間から、日本の消費者の手元に届くその時まで、すべての「動き」をログ(記録)として繋ぎ合わせることです。
「最終的には、ベトナムでネット通販向けのリパック、最終梱包までやりたい。その際に今考えている仕組みとガラッと変わってしまうのではないか?」
M様からのこの鋭い問いかけが、プロジェクトの視座を一段引き上げました。部分最適なデジタル化ではなく、将来の海外生産体制まで見据えた「グランドデザイン」を描くこと。それこそが、現在私たちが進めている「ツクルデ」導入支援の核心です。
「スマホでピッ」は本当に効率的なのか?現場の1秒を削るデバイス選定
打ち合わせで大きな議論になったのが、QRコードの読み取り方法です。「今の時代、スマホで十分だろう」と考えるのは、実は現場を知らない人間の発想かもしれません。PayPayで支払う時のように、カメラのフォーカスが合うのを待つ「あの数秒」は、1日に何百箱、何千箱と処理する製造ラインでは致命的なタイムロスになります。
青木(カンブライト)は、ここであえて「専用スキャナー」の導入を提案しました。赤外線やレーザーで瞬時に、かつ斜めからでも読み取れる専用機の精度は、現場のストレスを劇的に軽減します。もちろん、デバイス1台につき25万〜30万円ほどの投資が必要になりますが、ここで「人海戦術で1人増やすコスト」と「機械で時間を半分にするコスト」を天秤にかける必要があります。
「カメラだと速度が出づらい。専用機ならレジのようにピッピッと進む」。この小さな差が、1年間の累積でどれほどの工数削減に繋がるか。私たちは、現場の「1秒」に徹底的にこだわります。
月間10万件のB2C出荷という「ビッグデータ」にどう立ち向かうか
ネット通販が普及した現代、出荷先の数はかつての卸売りとは比較にならないほど膨大です。I商店様の場合、月間で5万件から10万件もの出荷が発生します。この1件1件にすべて「どの原材料を使ったか」をリアルタイムで紐付けるのは、システム負荷も現場の作業負荷も限界を超えてしまいます。
そこで私たちが導き出した戦略は、「逆引き型のトレーサビリティ」です。出荷時にすべての情報を紐付けるのではなく、「消費者の手元にある袋のロット番号」を起点に、その日の製造日報、さらにそこに使われたベトナム産の原料ロットへと数秒で遡れる仕組みを構築します。
万が一のクレームや異物混入、PL事案が発生した際、一番大切なのは「どれだけ早く、正確に回収範囲を特定できるか」です。10万件のデータを闇雲に管理するのではなく、リスクを最小化するための「急所」をデジタルで押さえる。これが、プロフェッショナルな現場改善のあり方です。
「賞味期限管理」という大雑把な罠を抜け出す
現在、多くの現場では「賞味期限」をロット番号の代わりにしています。しかし、賞味期限は月に1回しか変わらないことも多く、何か問題が起きた時に「今月出荷した分、すべて回収」という、とてつもない損害を招きかねません。
「今は賞味期限管理になっちゃっている。月に1日しかないので膨大な量になってしまう。正確性を欠くので、マンスリー管理からデイリー管理まで、マスの目を小さくしたい」
このM様の言葉は、食品製造業が直面している本質的な課題を突いています。「マスの目を小さくする」とは、つまり管理の解像度を上げることです。1日単位、あるいは午前・午後のライン単位で管理を分けることができれば、回収範囲は1/30以下に抑えられます。デジタルの力で「特定」の精度を上げることが、そのまま経営のリスクヘッジに直結するのです。
50万円のコンサルティング費用は「地図」を手に入れるための投資
「ツクルデ」の導入において、私たちはまず「ステップ1」として、現状の業務フローの洗い出しとシステム構成図の作成に50万円(概算)をいただいています。一見、高く感じられるかもしれません。しかし、これは単なる「ヒアリング」ではありません。
私たちが現地に2日間入り込み、ホワイトボードが埋まるまで現場の動線を可視化するのは、そこに「隠れた無駄」と「致命的なリスク」が必ず潜んでいるからです。ベトナムの工場から日本の倉庫、そしてリパック工程を経てB2Cの出荷へ。この複雑な迷路に1本の「正解の糸」を通すための設計図がなければ、どんなに高価なシステムを入れても、現場で使われない「ゴミ」になってしまいます。
「船に乗るか乗らないか、決めてもらうだけの状態にする」。そのための準備期間が、この最初の2ヶ月間なのです。